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ちゃらぽこ散歩会その4 おそっさまは東高円寺なのか。

お寺めぐりを続ける一行が、次にやってきたのが、ハイ!

堀之内妙法寺!
「堀之内のおそっさま(やくよけ祖師)」です。

厄除けのお寺として江戸時代から庶民の信仰を集め、今でも広大な境内を
もつ大きなお寺です。初詣では、大勢の参拝客で賑わいます。
(ミニ情報です。初詣に行くと、干支の杯がもらえるらしいです。)

ぱきらなども、東高円寺のことをよく知らないうちから、
「東高円寺といえば蚕糸の森公園と妙法寺よね~」などと思っていたのですが、

……はて?

よく考えたら、お隣の新高円寺のほうが妙法寺には近いのです……??
距離の差は100メートルか200メートルほどですが、環七通りを渡らなくて
いい分、やっぱり新高円寺のほうが近いような……??

でもですね。話はちょこっとさかのぼります。
お散歩の最初に、蚕糸の森公園の脇で見かけた、灯篭!
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これ、妙法寺の参道の灯篭。
入り口は東高円寺なのだ。……だからでしょうか??
何となく、東高円寺的に「妙法寺」はとっても身近なお寺です。

ちなみに、新中野駅の近くで青梅街道から分岐する鍋屋横丁、通称「鍋横」。
こちらは江戸市中から青梅街道を歩いて妙法寺参りに行くときの参道です。
厳密には一直線につながっていませんが、現在も商店街になっています。
(こちらのレポートはまた後日。別のお散歩のときに♪)

妙法寺はとても歴史のあるお寺で、文化財などもたくさん所有しているのですが、
入ってまず注目するのが広~い境内の右手にある、この門です。

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これはジョサイア・コンドルのデザインと言われるスゴイ門です。
が、ただし、あくまで「と言われる……」でして、確証はないようです。
コンドルさんといえば、鹿鳴館やニコライ堂や台東区の岩崎邸、北区の古河邸、
嶋津邸(現在の清泉女子大学)などを設計したモノスゴイ人ですが、取り壊されたり
震災や空襲で焼失してしまったりして、現在も残っているものはわずかです。
もしも本当にコンドルさんの設計したものだったら、けっこうモノスゴイと思います。

さてさて。門を入って正面にある本堂にまずはお参りするのですが、これで
終わりではありません。妙法寺は、ここから先が長いのです。

本堂の左側に回ると、庭園というか散歩道というか雑木林?があります。
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ここには有吉佐和子の碑があります。生前、この近くに住んでいたそうです。
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カリンも落ちてきます。
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あ! あれです!!
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こどもみくじです。
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引いてみました~~!!
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ぱきら「大吉」!!

「べんきょう ちからのかぎりがんばろう せいせきあがる」

やった!

コチラは二十三夜堂です。
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二十三夜には菩薩様が現れるので、周辺の人々が集まって、一緒に食べたり飲んだり
しながら月の出を待ったのだそうです。ぱきらも参加してみたいです!!
ここは縁結びと財運に霊験あらたかなのだそうで……

参加者のTさん、ここで振り返ってニヤリと笑い、
「ぱきらさん、どっちをお願いする? 縁結び? 財運?」

……え!!
どっちか!? どっちもでなくて!?

それはそうと、お堂の前に親子連れの狛犬さんがいるのですが、
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何か不満がありそうです!!
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こちらのイキモノは何だかよく分かりませんが、かわいいです。ゆるキャラか?
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……そんなこんなで、妙法寺境内散策を楽しんでいるうちに、時刻4時を過ぎ、
あたりがだんだん暗くなってきました。

もう2,3件見たい場所があるのですが、暗くなる前には終了したい!
おっと急げ急げ!

一行は妙法寺を出て、再び環七通りを渡り和田に戻ることにしました。

# by tabipachira | 2010-12-31 23:06 | ちゃらぽこ散歩会  

ちゃらぽこ散歩会その3 まだお寺めぐり

環七通りを渡って、堀ノ内・梅里地帯へ。ここも、お寺の立ち並ぶ一帯です。
この環七通りの西側は、かなりの区間お寺の塀が続きます。

信号を渡ってちょっと北へ。
真盛寺という大きなお寺があります。門構えからして、立派なお寺!
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こちらも大正期に本所から引っ越してきたお寺ですが、開創は寛永8年(1631)
というので、江戸初期からの歴史あるお寺ですね。

真盛寺といえば、三越!
このお寺は別名三井寺とも呼ばれているそうです。

三井高利が延宝元年(1673)、江戸日本橋に「越後屋」を創業して以来の、
三井家の菩提寺なのです。境内は何しろ広~いです。
細川公爵邸から譲り受けた客殿や庫裏、江戸時代の建物という元三大師堂や
中玄関書院などもあります。

真盛寺から少し南へ。
宗延寺というお寺があります。
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コチラもまた、当地に移転してきたのは大正期ですが、開創は何と天正年間。
元は小田原なのだとか。江戸時代より前です。スゴイです。

ぱきらも3月に「身延線歩き」のときに行った、「身延山久遠寺」の末触頭で、
江戸三大触頭のひとつです。

ぱきらメモ
触頭というのは、江戸時代、寺社奉行の命令を配下の寺院に伝達したり、また
配下の寺院からの訴願を奉行に伝える役割を果たしていたお寺です。
連絡網でいうところの、学級委員の役割なのです……?

なお、このお寺には、馬場穀里のお墓があるのです。

またぱきらメモ
馬場穀里さん(1787~1822)という人は、江戸時代のオランダ通詞です。
オランダ語、フランス語、英語に通じ、さらにロシア漂流から戻った大黒屋光太夫から
ロシア語も学んだという、語学の天才です。有名なお仕事としては、ジェンナーの
牛痘法を日本語に訳したりしたようです。が、惜しくも36歳で逝去。

このお寺、昨今のパワースポットブームに乗じて(?)語学の神様にしたらいいと思う……。

さてさて、環七通り沿いにポンポンッと二つのお寺を見学した一行。

このさらに北にも西にも魅力的なお寺があるのですが、11月の日暮れは早いので、
それはまた別の機会にめぐらせていただくことにして、何と言っても東高円寺では
一番大きなあのお寺に参ることにします!!

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# by tabipachira | 2010-12-30 23:44 | ちゃらぽこ散歩会  

ちゃらぽこ散歩会その2 お寺めぐり

一行は、蚕糸の森公園を南の裏口から出て、妙法寺旧参道を南へ。
ここら辺、杉並区和田と、環七通りを越えた堀之内・梅里というあたりは、
実は寺町。狭い地域に、お寺がものすごくたくさんあるのです。

多くが、明治期の東京中心部の区画整理等によって、明治末期から大正時代にかけて
江戸市中から移転してきたお寺です。もともと上野・浅草・麹町・市谷と言った
まさにお江戸の中心にあった大きなお寺なので、歴史のあるお寺が多いのです。
檀家に江戸以来の旧家がいたり、著名人のお墓があったり、文化財があったり、
いろいろします。

本日は、事前調査なし・アポなしの突撃散歩ですので、普通に見られる部分しか
見ませんが、近いことですし、そのうち「お宝」も見せてもらいたいなぁ~♪

さてさて。まずは、蚕糸の森公園の西端から続く妙法寺旧参道の途中にある、
蓮光寺という日蓮宗のお寺です。開創は1584年というから、江戸時代よりも
前ですね~。日本橋から浅草に移転し、大正4年に現在の場所に移ったそうです。

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境内に、「土富店(どぶだな)の大黒天」という大黒さんの像があるそうです。
なんと日蓮聖人自らが、母の病気平癒を祈念して彫ったものなのだとか。
「開運大黒天」として、江戸時代には庶民の信仰を集めたそうです。
(でもその頃は、お寺は浅草にあったんだなぁ~。)

ともかく、「開運」と聞けば、これはもうおまいりせねば!
探せ探せ! ……大黒さんのマークがある……ここが怪しい……
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閉じた扉ごしに、開運祈願!

さて、このお寺には、インド独立運動の志士である、チャンドラ・ボースという
人の遺骨が安置されていて、胸像があるのです。この人です。
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ぱきらメモ♪

チャンドラ・ボースさん(1897~1945)は、インド反英独立運動家です。
1921年、マハトマ・ガンディーを指導者とする反英独立運動に身を投じ、
急進派として活動しましたが、穏健派のガンディーと対立し、主流から除名。
その後、ドイツに亡命したり、日本に移動したりして、インドの独立のために
ナチス・ドイツやイタリアや日本の対英戦争を支持しました。

日本の支援でシンガポールに発足した「自由インド仮政府」の主席に就任したり、
1943年に東京で開催された大東亜会議にオブザーバーとして参加したり、
「インド国民軍」の最高司令官として日本軍の対英戦に協力したりというところに、
日本とのつながりがあるようです。

第二次世界大戦の日本敗戦後、ソ連と協力しようとし、ソ連に向かう途中の
台湾で飛行機事故にあって亡くなったのですが、インド国民はボースの死亡を
長いあいだ信じず、何度も調査が行われて、近年やっと認められたそうです。

ちなみに、同時期にボースと一緒に日本で反英運動家として活躍していた
ラース・ビハーリー・ボースというヒトは、新宿中村屋のお婿さんになった
人で、中村屋の取締役も務めています。インド独立運動の志士であるとともに
中村屋のインドカリーの生みの親でもあり、日本のインドカレーの父なのです。
チャンドラ・ボースと同じ姓ですが、血縁関係ではなく、区別するために
「中村屋のボース」と呼ばれています。

以上、ぱきらメモ・散歩が1.2倍くらい楽しくなるマメ知識でした。

それはそうと、チャンドラ・ボースの胸像は、1975年に建立されました。
その後、インドのプラサド大統領、ネルー首相、ガンディー首相などが、
ここを訪問しています。

ご近所にこんなスゴイお寺があったなんて、ちょっとビックリですね~♪

さて、お次の見所へ! でもお次もお寺!

続けてお次のお寺をレポートしようと思いましたが、蓮光寺が思いがけず
スゴイお寺で、長くなってしまったので次回に続きま~す!


# by tabipachira | 2010-12-07 02:33 | ちゃらぽこ散歩会  

第1回 ちゃらぽこ散歩会レポート1

6月に始めた「散歩かふぇ ちゃらぽこ」で、ついに散歩の会が実現しました~♪
11月27日土曜日……はぁ、カフェ開店からギリギリ半年以内……。
「やりたいな~」「やろっかな~」と思いながら年が明けてしまいそうな
イキオイだったので、「やろう!」と後押ししてくださったお客様の皆様に
感謝感謝です。準備不足の第1回でしたが、ひとまずやったぞ!!

最初はなんたって、地元、東高円寺散歩♪

東高円寺って言ったら、地下鉄の駅を出てすぐのところにある、
「蚕糸の森公園」です!!

会の参加者は、2時にちゃらぽこ集合!
でもって、紅葉の青梅街道をてってけ歩いて、公園に向かいます。
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青梅街道は、長い距離に渡ってイチョウ並木が続いています。
ぱきらは毎日、自転車に乗ってチャリチャリ青梅街道をひた走って通っているのですが、
なかなかの見ごたえです。ちょっと頑張って遠くのお山へ紅葉狩りに行かなくても、
今年はコレで満足できそうだわ♪と思うくらいの並木道です。
(イチョウしかないですけどね……)

微妙~な日当たり・風当たりの違いなのか何なのか、真っ黄色の木とまだまだ
緑色の木が入り混じっているのが面白いです。

300メートルほどで、地下鉄の駅の入り口につきます。この駅の出入口は
すぐに蚕糸の森公園につながっているのですが、コチラは言うなれば裏口。

「せっかくだから、もうちょっと西に歩いて正門から入ろう!」
ダレも近道は考えないのが、我らが散歩の会!!

正門に向かって青梅街道を歩いていくと、「青梅街道」の説明板があります。
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青梅街道は新宿から甲府まで続く長~い道ですが、「青梅街道」そのものの
説明板が立っている場所はそれほどありません! あるイミ、貴重品!!

さて、蚕糸の森公園に入る前に、正門前でちょっと立ち止まりましょう。
左に行けば正門を入って公園内ですが、ここで右側に注目。
なにやらでっかい灯篭が立っています。
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「妙法寺旧参道入口灯篭」というものです。
後ほど行くことになるのですが、ここを南に曲がってずーっと行った場所に、
厄除け祖師として有名な「堀之内妙法寺」があるのです。
参道はいくつかあって、たとえばお隣・新中野駅の近くにある有名な
「鍋横」などもそうなのですが、ここも元は参道だったようです。

地図を見ると、現在は環七通りにぶった切られてまっすぐには進めなく
なっていますが、妙法寺の方向まで一直線の道が続いているのが分かります。
(地図をしげしげ眺めると、「環七通りというのはここいら一帯の地理を
ぶった切って作った道路なんだな~ということがよく分かります。
地図から環七を取り除くと、とても自然な形で道が東西につながっているのです)

ともあれ。ひとまずは左に。蚕糸の森公園に入りましょう!

問題の「蚕糸の森公園の正門」。
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1911年に農商務省(現在の農林水産省)が「原蚕種製造所」(後の
「農水省蚕糸試験場」)を設立しました。試験場が1980年につくば市へ
移転し、その跡地に、1986年に作られた大きな公園です。

上の写真の正門ほか、守衛所の建物が管理事務所として当時のまま残されています。
蚕糸技術発祥の地の碑もあります。
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「……1911年って言ったら、来年で100周年じゃん!!」
「何かイベントやる? 100周年記念の!」
と盛り上がる一堂……

「ちゃらぽこ」なんぞめが、そのような大それたイベントを開催していいのですか!?

「い、いえ、勝手にやるだけですヨ。」(けっこうその気のぱきら)

現在ではなじみの薄い、養蚕業ですが、実は弥生時代に中国からやってきて、
それからずっと続いているという、ものすごい歴史のある産業なのです。
江戸時代には、「殖産事業」として諸藩が推奨し、明治時代に「外資獲得」の
手段として重視された、いわば「国を挙げて」の大産業です。

福島や群馬、茨城あたりが産地として有名で、群馬県には世界遺産登録申請中の
「富岡製糸場」などもあります。

日本は良質の生糸を大量に海外輸出していましたが、明治期以降、国策として
対外輸出量が多くなるにつれ、質に問題が出るようになってきました。
これが、生産時の問題なのか、輸出時の問題なのか、それとも輸出後に現地で
加工されるときに生じる問題なのか、そしてその解決方法は?というあたりを
研究する目的で、国内に数箇所の試験場を作ったのだそうです。

ここは、そのうちのひとつです。

う~ん。ここではどういう人たちがどのように働いていたんでしょうねぇ。
比べるのも変ですが、たとえば上記の「富岡製糸場」なら、工場の跡なども
残っていて「ぱきらと同じくらいの年頃の女子が(イヤ、もっと下か!?)、
ここで働いていたんだなぁ……」などと思いをめぐらせることもできますが、
試験場といのはイマイチ想像がつきません。現在の農水省なのだから、
勤務員は国家公務員か……。何しろつい30年前までのことだ……。

それでも、蚕糸試験場の名残(?)があります!!

お蚕さんのご飯。桑の葉!!
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正門を入ってすぐの場所に、桑が植えられています。
桑という木はもともとは生長すると十数メートルにもなる大木なのですが、
養蚕用の桑は、葉を摘みやすいように、人の腰~胸丈程度に改良したものなのだ
そうです。「仕立桑」と言います。

公園の中には、小さなせせらぎがあって、ここらも紅葉がキレイです。
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せせらぎは、池へと続いています。亀とか鴨とかもいます。
晩秋の、日差しの暖かい午後ですので。亀さんはここぞとばかりに甲羅干し中♪
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池のほとりに東屋がありました。
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ここで、持ってきたコーヒー(ちゃらぽこブレンド)とお菓子で、
ミニ・ピクニックといたします。
あ~。散歩始まって20分。さっそく休憩……。

で、でも、ぱきら、「お外でコーヒー」が好きなんだもん!!

(続く)


# by tabipachira | 2010-12-02 03:08 | ちゃらぽこ散歩会  

ヒミツの花園♪

身延線レポートに2ヶ月近くもかかっているうちに、
かれこれもう、1ヶ月以上も前のことになってしまったのですが……

赤坂・迎賓館の庭園公開というのに行ってきましたです。

庭園を整備したというので、10月中旬3日間だけ特別公開をして
いたのです。普段は入れない場所を特別に見られる(しかも、
運良くぱきらの店は定休日!)となれば、これはもう、行きます行きます!

ちなみに、建物の中には入れません。
建物内部も、年に数回は特別公開しているようですが、抽選に当たらないと
見学できないそうです。だいたい7~8月ごろに実施(募集は5月ごろ)とのこと。

さてさて。
中には入れないとはいえ、普段は門の外から遠くにかすんでいるのを眺める
(でも運が悪いと守衛さんに呼び止められるかもしれないリスク付)だけの
建物を、間近で見られたのは、嬉しかったです。

明治期の洋風・擬洋風建築というのはところどころにイロイロ残っていますが、
ネオバロック様式の完全洋風建築というのはそうないようです。
外から見上げるだけでも、見ごたえ十分です。

随所に飾られている菊や桐の紋章や、屋根と窓の装飾を眺めて歩くだけでも
楽しいです。

モチロン庭園も。
広くて整然としていて、さすが洋風の公館!という贅沢な造りになっています。
日本のお庭は、広くてもこまこまと木や花を植えたり池を作ったり岩を
並べたりしていて、どうしてもギッシリした印象になりますからね。いや、
そこがいいのですけれど。(日本庭園も好き♪)


と~こ~ろ~が~♪

この庭園公開、「記念写真は撮ってもいいケド、ブログ公開とかはしちゃだめヨ♪」
とのこと。調子に乗って張り切って、ぱしゃぱしゃ写真を撮ってはきたのですが!
もったいない!

だから、いつでも誰でも見られる、門の外からの写真だけ載せとこっと。
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外苑のイチョウ並木も、そろそろ黄色に染まっているころでしょうか。
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# by tabipachira | 2010-11-26 01:25 | そのほかのお散歩